熱力学物語

第2話 熱力学の位置付け

  〜 熱と仕事 〜

 

 第一話では〈熱力学〉とは何かから出発し,〈温度〉と〈熱〉について考えてきました.第二話では〈熱力学〉における〈仕事〉について考えていくことにしょう.

 

2−1 熱力学としての〈仕事〉とは

 

 熱力学では〈圧力〉によってなされる仕事がしばしば扱われます.この節では仕事について考える前に,〈圧力〉について理解を深めた上で,〈圧力〉が境界面を介して外部になす〈仕事〉について考えて行くことにしよう.

 

(1)圧 力

 図2.1はゴム風船が注入された空気によってふくらんでいるときの力関係を示した図です.風船内の空気には風船の外側からの大気の力と風船のゴムが縮もうとする力が掛かっています.風船内の空気はこの二つの力を足した力と同じ大きさで反

 

2.1 風船の力関係

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


対向きの力を持っています.このとき風船の表面積をA [m2] 風船内の空気の持つ力をF [N]とした場合,単位面積あたりの力で表した方がより一般的な量として扱えます.これが〈圧力〉で, 記号はP,単位は[N/m2] あるいは[Pa]すなわちパスカルで表されます.

したがって,〈圧力〉は次式で表されます.

 

F

P = ―   [Pa]   (2.1)

A

 

また,風船のモデルで分かるように〈圧力〉は風船内側の全ての壁に対して同じ

ように働きます.

 
 

 


   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(2)仕 事

一般に,加えられる力と同じ方向に物体が運動するとき,〈仕事〉W は力の大きさをF物体の移動距離を s とすると,以下のような関係があります.

 

WF s     [J]                               (2.2)

 

ここに,仕事の単位は[J],ジュールを用い,1J1Nmです.

次に図2.2のような熱力学的仕事モデル,すなわち,ピストンとシリンダ内に気体が入っている系において,断面積A[m2]を持つピストンがs [m] 移動した場合について考えてみましょう.この場合ピストンが気体から受けている力Fは式(2.1) より,〈圧力〉Pとピストンの面積Aの積で与えられます.すなわち,

 

FPA     [N]                   (2.3)

 

この式(2.3)を式(2.2)代入するとピストンに〈仕事〉W は次式のようになります.

 

WPA sPV  [J]                   (2.4)

 

ここに,Vはピストンが移動したことによる体積変化量A sです.

以上で定義された,〈圧力〉P絶対温度Tおよび体積Vの3つの物理量が決まるとそのときの気体の〈状態〉が決まります.これら3つの物理量は状態量と呼ばれています.

 

2.2 熱力学的仕事モデル

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2−2 系が外部になす仕事〈絶対仕事〉の導入

 

 図2.3に示されるように,高圧の気体がピストンとシリンダで構成される空間に閉じこめられている場合(〈閉じた系〉)について考えてみましょう.この気体が〈状態〉

1圧力P1,体積V1,絶対温度T1)から〈状態〉2 (圧力P2,体積V2 ,絶対温

T2に膨張したとき, ピストンが移動することによって外部へなす仕事を求もとめてみましょう.

2.3 絶対仕事(閉じた系)

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


このピストンが位置xからxdxまで微小距離を移動したとします.この間の移動距離は微小なので圧力変化はないと考えられますから,このとき気体がピストンを介して外部になす〈仕事〉は,ピストンの断面積をA[m2]とすると,次式で与えられます.

 

PAdx   [J]

 

ここで,Adxは微小体積変化dVと書き換えられます.

したがって,このとき外部に対してなした微小仕事を dLとすると,次式のように

なります.

 

dLPdV  [J]                                  (2.5)

 

したがって,閉じこめられた気体が状態1から状態2に状態変化したときに,外部に対してなした仕事は次式で与えられます.

 

状態2         2

L ∫ dL PdV = 面積12V2V11  [J]         (2.6)

状態1         1

 

この式で与えられる〈仕事〉が〈絶対仕事〉です.

 閉じこめられた気体の質量をm[kg]とすると,単位質量あたりの〈絶対仕事〉lL/mで表されます.式(2.5)の微分形式に対しては,以下のように書き換えられます.

 

dlPdv   [J]                                  (2.7)

 

ここに,vは次式で与えられる比体積で,密度ρ[kg/m3]の逆数です.

 

vV/m   [m3/kg]                               (2.8)

 

(2.7)を積分すると,次式のようになります.

 

2          2

l dl Pdv    [J/kg]             (2.9)

1          1

 

 

 

2−3 系に外部からされる仕事〈工業仕事〉の導入

 

 次に,図2.4に示されるように,シリンダの端に吸入弁Aと排気弁Bが着いており,気体の流入,流出がある場合(〈開いた系〉)について考えてみましょう.初めピストンはシリンダの左端にあり,吸入Aと排気弁Bは閉じているとします.いま,

@吸入Aのみが開き,圧力P1の気体が入り状態1まですなわち体積がV1にな

るまでピストンを押します.次に,A吸入Aが閉じられ,気体が状態2すなわち圧力P2で体積V2までピストンが押されます.続いて,B排気弁Bが開かれ,圧力P2気体が全てシリンダの外に出て行くことによって,ピストンが初めの状態に戻されます.これら3つの過程において,気体がピストンを介して,外部に対してなす〈仕事〉を考えてみましょう.

@    の過程においては,圧力P1の気体は断面Aのピストンを位置x1まで押しますので,ピストンが気体から受けた〈仕事〉は次のようになります.

 

P1Ax1P1V1

 

A    の過程においては,閉じこめられた気体は以下のような〈絶対仕事〉をします.

 

2

PdV

1

 

B    の過程においては,圧力P2の気体はピストンをx2 から初めの位置まで戻しますので, ピストンが気体になした〈仕事〉 は 以下のようになります.

 

P2Ax2P2V2

2.4 工業仕事(開いた系)

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


したがって,流入および流出する気体が外部になす〈仕事〉Ltは次式のようになります.

 

2                         2

Lt P1V1 PdV P2V2 =− VdP    [J]      (2.10)

1                                                                      1

 

=面積12P2P11

 

この式で与えられる〈仕事〉工業仕事です.微分表現は以下のようになります.

 

dLt VdP  [J]                                (2.11)

 

単位質量あたりでは次のように表せます.

 

dlt vdP  [J]                                (2.12)

 

 予告編 偉大なる法則1〜熱力学の第一法則

 第二話では熱力学における仕事について考えてきました.次回は〈熱〉と〈仕事〉の関係,〈エネルギー保存則〉,〈内部エネルギー〉および〈エンタルピー〉といった熱力学的な専門用語の定義をした上で,〈熱力学〉における重要な法則の一つである〈熱力学の第一法則〉について考えて行くことにしよう.

 

 

 (つづく)